産業医の「業務委託契約」問題-民法改正から始まった?

先日公開した記事には多くの反響をいただきました。その中で特に注目されたのが、人材会社による善管注意義務違反の可能性についての指摘です。今回はその内容をさらに掘り下げ、人材会社の「業務委託契約」が「偽装請負(偽装派遣)」に当たる可能性、そしてその民法上の扱いの微妙さについて考察をしたいと思います。

「業務委託契約」の求人の例

人材会社によるビジネスモデルの変遷

かつて、エムスリーキャリアをはじめとする医師向け人材会社は、人材紹介業としての役割を担い、紹介手数料を収益源としていました。しかし、2020年頃を境に、これらの会社は事業モデルを大きく変化させました。具体的には、事業所から委任された産業医業務を個人産業医へ復委任する形をとり、以下のような問題が指摘されています。

  1. 永続的な中間搾取(いわゆる“中抜き”)
    人材会社は産業医業務の契約を管理する立場を利用し、再委託を通じて永続的な利益を得ています。当会の調査では、この中間マージン(中抜き率)は約60%に達しており、業界全体で深刻な課題となっています。
  2. 労働者保護費用の回避
    労災保険料などの法定の労働者保護費用を支払わない形態で運営されており、労働法規上の問題があるとされています。

人材会社の「業務委託」では、業務内や通勤中に労災に合っても、保護されません。

法的観点上の問題

以前の記事でも指摘したとおり、このような事業モデルは「善管注意義務違反」に該当する可能性があります。

さらに、学会としては、この状況が「偽装請負」に該当するのではないかという主張を展開しています。偽装請負とは、外見上は業務委託契約の形式を取りながら、実態としては派遣労働に該当する形態を指します。このような契約形態が横行することにより、産業医業務を提供する医師が適切な法的保護を受けられない状態が常態化しています。

委託と委任

仕事を依頼する行為には委託と委任があり、法的に不同な意味を持ちます。

委託とは、「特定の物事を完成させるための契約」を指します。この場合、「物」や「成果」が重要であり、利用する側は「結果」に対する責任を要求することができます。ただし、委託する側に労働者性が無ければ、さらに別の人に委託する「再委託」が可能です。

一方で、委任とは「特定の業務を行うための契約」です。この場合、完成する物が必要ではなく、特定の行為や手立てを担うことに重点が置かれます。また、委任に基づく業務の実行者は一般的に専門性や経験を要されるため、原則として他人への「復委任」は禁止されています。

産業医業務は、これらの種類の中で「委任」に分類されます。これは、産業医が専門性の高い業務を担うと同時に、その業務が物や成果の完成を目的としていないためです。このため、産業医の業務を他人に一旦举げる「復委任」は原則禁止され、とくに今回の人材会社のようなケースは「偽装請負(偽装派遣)」となります。

偽装請負があった場合

労働基準法第6条における「中間搾取の禁止」に該当し、1年以下の懲役または50万円以下の罰則を課せられる可能性があります。また、労働者派遣法にも抵触する可能性が高いと思われます。

このビジネスモデルは2020年の民法改正で生まれた!?

さて、ここからが本題です。

2020年の民法改正前、復委任に関する明確な規定はありませんでした。そのため、以下のような解釈で運用されていました:

  • 民法104条(2020年改正前)
    この条文では「代理人がさらに代理権を他人に与える(復代理)」に関する規定が存在し、これを復委任に類推適用する形が取られていました。
    • 代理人が任務の遂行にあたり、やむを得ない場合や本人の許諾がある場合に限り、復代理人を選任できるとする規定。

この解釈をもとに、復委任が認められる条件について、「やむを得ない場合」が主な条件とされていました。

2020年に明文化された復委任の要件

2020年4月の民法改正で、以下の条文が明文化されました。

民法第644条の2
受任者は、委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復受任者を選任することができない。
代理権を付与する委任において、受任者が代理権を有する復受任者を選任したときは、復受任者は、委任者に対してその権限の範囲内において、受任者と同一の権利を有し、義務を負う。

「委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるとき」でなければ、復委任はできない、と明文化され、復委任に関する違法行為の抑止力は増したかと思われました。

しかしながら、「委任者の許諾さえ得れば、復委任してもいいんでしょ」という解釈もできてしまうようになりました。

明文化することで、逆に法律の穴ができてしまったのです。

民法改正に先立つ議論

以下に民法改正前の法務省民法(債権関係)部会での議論を引用しますが

(3) 受任者の自己執行義務
委任契約は信頼関係を基礎とするから,受任者は原則として自ら事務処理をしなければならず,復委任は例外的にのみ許容されると解されている。そこで,このような原則を明文で規定すべきであるという考え方が示されているが,その場合には,例外として復委任が許容される要件が問題になる。この点については,委任者の許諾を得た場合のほか,受任者に自ら委任事務を処理することを期待するのが相当でないときに復委任が許容されるという考え方,委任の本旨がそれを許すとき又はやむを得ない事由があるときに復委任が許容されるという考え方などが示されているが,どのように考えるか。また,復委任が許容される場合の受任者の責任については,民法第105条の適用又は類推適用により,復受任者の選任及び監督について責任を負うと解されているが,これに対しては不当に軽いという批判もある。これを踏まえ,復委任が許容される場合の受任者の責任について,どのように考えるか。さらに,復委任が許容される場合における委任者と復受任者との関係については,復受任者の委任者に対する義務が問題になる局面と委任者の復受任者に対する義務が問題になる局面とがあるが,それぞれの法律関係について,どのように考えるか。

民法(債権関係)の改正に関する検討事項(12) 詳細版https://www.moj.go.jp/content/000056016.pdf

もっとも、このような考え方に対しては、復受任者の選任が許される場合を限定しすぎているとの指摘がある。すなわち、分業が進んだ今日の取引社会においては、受任者が復受任者を柔軟に選任して委任事務を遂行することにより、委任契約の趣旨により適合した委任事務の処理が可能になり、委任者にとって利益になることも考えられることから、復委任が認められる要件をより緩和すべきであるとの指摘がある。このような立場から、復委任の要件は、民法第104条の「やむを得ない事由があるとき」とは異なり、「復受任者を選任することが契約の趣旨に照らして相当であると認められるとき」とすべきであるという考え方が示されている(中間試案第41、1の(注)の考え方)。しかし、パブリック・コメントの手続に寄せられた意見の中には、復受任者を選任する必要性があれば委任者の許諾を得れば足り、許諾を得なくても復受任者を選任することができる要件としては「やむを得ない事由があるとき」で十分であり、要件をさらに緩和する必要性に乏しいとの指摘や、「契約の趣旨に照らして相当であると認められるとき」が具体的にどのような場合を指すのかが不明確であるとの指摘があった。これらの意見等を踏まえ、復委任が認められる要件を同条よりも緩和する考え方を採らないこととした。

https://www.moj.go.jp/content/000117238.pdf

などと、復委任の要件を多少緩和するニュアンスは出ていましたが、あくまでそれは「やむをえない場合」の範疇から出ていないように思えます。

問題提起

今の人材会社は、社で抱える嘱託産業医案件で短時間のものはほぼ全てを「業務委託」扱いにしています。そのすべてにおいて、復委任を正当化するための正当なプロセスや合理性があるのでしょうか?求人広告を見る限りは、とてもそうとは思えません。

また、受任する医師が見つからない案件を求人広告として長期間掲載し、依頼者からの委任を放置している例があります。半年から1年以上も広告を出し続ける状況は、通常の感覚では「やむを得ない場合」とは考えにくいものです。

この状況を放置すると日本の労働市場は崩壊する

この「業務委託」と称して偽装派遣を行う行為で被害を被るのは、産業医だけではありません。復委任が濫用されることで、労働者派遣事業のルールが事実上形骸化し、日本の労働市場そのものを揺るがすリスクとなりえます。

(1) 派遣禁止業務の抜け道としての復委任

本来、労働者派遣法などの法律では以下のような業務への派遣が禁止されています:

  • 港湾運送業務
  • 建設業務
  • 警備業務
  • 医療関連業務
  • 弁護士などの士業(弁護士法等で規定)

しかし、復委任が承諾さえあれば広く認められると解釈されると、以下の問題が発生する可能性があります:

  • 派遣禁止業務であっても、委任契約を装って復委任が行われる。
  • 元請業者が労働者派遣事業の許可を持たずとも、復委任の形で実質的な派遣を行う。

(2) 責任の所在が不明確に

復委任が乱用されることで、以下のような責任回避が横行する可能性があります:

  • 労働者が被る不利益(賃金未払い、安全配慮義務の不履行など)の責任が曖昧化。
  • 業務災害等で、元請業者、復委任業者、実際の使用者の間で法的責任が押し付け合われる。

「同意さえあれば復委任可」なら、違法派遣だろうが、派遣業許可がなかろうが、誰でも、どこでも、いつでも、誰に、誰を、派遣しても合法ということになり、日本における雇用のルールが根底から覆ってしまいかねません。

結語

労働基準法では、「中間搾取の禁止」が厳格に定められています。労働者派遣法は、あくまでこのルールの例外規定にすぎません。しかしながら、現状では、産業医の派遣や業務委託契約においても、法律の趣旨を逸脱する不当な中間搾取が見受けられます。

人材会社は、

専属産業医は「雇用契約or業務委託契約」が一般的

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事業場(本店・支店に関わらず)の従業員数が50人以上になったら選任義務が生じる産業医。選任義務が必要になったら、産業医を見つけ会社としてのニーズや状況、そして産業医側の希望なども配慮しながら契約形態を...

そのため、企業が産業医を探したり契約したりするときは、医師のことを理解している医師紹介会社などの第三者を間にいれたほうがスムーズにいく場合もあるかと思います。

などと、「業務委託」が一般的であるかのように宣伝しています。

しかしながら、不当な搾取は許せません。

当学会では、このような問題を深刻に受け止め、弁護士や行政関係者と協議を行いながら、議論を深めています。当学会員や他の産業医の先生方の権利が守られるよう、さらなる尽力を重ねてまいります。

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