近年、産業医の需要や産業医資格取得者数は増えています。しかし実際には、「産業医が足りない」「採用が困難」などの声が各所で上がっているのも事実です。平成29~30年に産業医科大学にて行われた「産業医需要供給実態調査」に基づき、日本医師会で開催された実際に調査を行われた先生によるシンポジウムの内容から、嘱託産業医の需給をめぐる現状と課題を整理してみましょう。
産業医数は増えているのに、なぜ不足感があるのか
- 産業医数自体は増加傾向
日本全体でみると、産業医の数は年々増加しており、新しく産業医資格を取得する医師も増えています。 - 選任義務のある事業所や求人も同じペースで増加
一方で、産業医の選任が義務付けられた事業所の数や、産業医を募集する企業の数も拡大しており、「増えた産業医数」と「増加した求人数」は一定のバランスを保っているという見方もあります。 - 実感としては「不足」
しかし、産業医科大学には産業医の求人が増加の一途をたどっており、肌感覚としては産業医が足りていないようでした。それが「産業医需要供給実態調査」の始まりだったそうです。
新規産業医と企業ニーズのすれ違い
- 新規産業医の希望像
新たに産業医の資格を取得した方の 9割以上が「短時間勤務」を志向 しているという調査結果があります。さらに詳しくみると、「なるべく大企業で」「良い給料で」「短時間勤務」という条件を望む声が多く、ライフワークバランスや条件面を優先する傾向が強まっているのが特徴です。 - 企業側の求める産業医像
これに対し、企業(事業所)側は「指導的な役割を担える産業医」「自社の業務内容に精通し、専門的なアドバイスができる産業医」を求めています。メンタルヘルスや健康経営の推進など、産業医に期待する役割が拡大している一方で、より専門性・経験を要求する”ぜいたくな悩み” を抱える事業所が増えています。 - 地方・中小企業の採用困難
製造業やサービス業、地方にある事業所は、「地理的な問題」「医師とのネットワーク不足」「専門スキルを持つ先生の不足」といった理由から、産業医の採用がさらに難しくなっています。
「供給」の意味はさまざま 〜 需要と供給を結びつける難しさ 〜
平成30年から令和元年にかけては、さまざまな関係機関(県医師会、大学、労働衛生機関、紹介会社など)と面接を行ったそうです。その中で分かったことは、「供給」の意味が各組織によって違うということです。
- 県医師会
- 産業医の名簿はあるが、どれくらいの事業所が産業医を求めているのか、全体像が把握しきれない
- 高齢化や地域の医師不足が原因で、学校医や当番医などの確保にも苦慮している
- 大学(産業医科大学など)
- 組織改編などで産業保健の専門家が減り、人材育成のリソースが不足しがち
- 労働衛生機関
- 自分たちのお客様(派遣・受託先企業)のニーズは把握していても、地域全体の実態までは把握できない
- 産業医の契約範囲が多様化・複雑化しており、マッチングが難しい
- 紹介派遣会社
- 登録者数は多いが、「彼らの言葉を使うと”使い物になるレベル“の先生の確保が難しい」
- 研修機能はなく、人材育成はしない
結果として、どこも「産業医は不足している」と捉えがちですが、それぞれの不足の意味合いが異なっていました。
まとめ
産業医側、事業所側、仲介者側に不足の定義は様々であること、供給側も部分最適化が進み、分断傾向にあること、また、昭和44年にも同様の議論があり、歴史を繰り返さないためにも産業医選任のプロセス、求人のプロセスのようなところをもう少し明確化する必要もあるなど試行錯誤していかなければならないという結論でした。
当学会の取り組み 〜 嘱託産業医の水準向上へ 〜
調査およびシンポジウムの内容から、大手企業で短時間勤務を希望する産業医が多い一方、企業は「業界を熟知した経験豊富で統括的な産業医」を求める傾向があることがわかりました。そして、医師会等の仲介者は需要供給を一元化できず人材のコントロールが難しい現状が浮き彫りになりました。
中規模事業所における嘱託産業医の不足は、特に深刻です。経験豊富な産業医は大手企業専属のポストを死守することが多いので、中小規模の企業にサービスを提供することが難しい現状があります。こうした構造的な問題を背景に、私たちの学会は「中規模事業所の嘱託を専門とする先生でも、知識習得や技能向上が行える環境をつくる」ことを目的として発足いたしました。ゆくゆくは、名義貸し同然の産業医やバイト感覚の産業医で数を埋めるのではなく、事業所のニーズにしっかり合った嘱託産業医を育成し、事業所に適正な対価で提供できる体制を作りたいという理念を持っています。そのために以下の3点に注力しています。
- 質の高い嘱託産業医の育成
十分な知識と経験をもった産業医を育てるため、研修や情報交換の場を充実させ、継続的に専門性を高める機会を提供しています。 - 偏在をなくすためのキャリア支援
大都市部や大企業に産業医が集中しやすい構造を打破するために、地方や中小企業で働く魅力を高め、専門スキルを活かせるキャリアパスを作ります。 - 適正な報酬と契約形態の確立
産業医が安心して活動できるよう、企業ニーズに応じた適正な対価を確保し、産業医と企業の双方がウィンウィンとなる契約モデルを普及させます。








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