3月8日に当HPにこのようなコメントをいただきましたのでこの場で回答させていただきます。遅くなり大変申し訳ございません。
AR社から委託された嘱託産業医を某会社で行いましたが、まったく産業医活動に理解のない会社で、基本的な問題点や方法等につき会社側に教えるようagent側に何度も連絡しましたが、7回に1回しかつながらず無視され続けました。やっとagent側も重い腰をあげ、会社側に教示したようですが、会社側は400人の社員の就業判定を丸投げ、あまりの対応の悪さに会社側に誠実な対応をするようにメールしました。一番悪質なのは、何もしないagent、そして安く2時間で終わらない仕事を押し付ける会社と考えます。産業医活動について様々な法律はあるようですが、罰則はないのでしょうか?
回答
お世話になっております。
400人規模の事業所(あるいはグループ企業全体で400人規模)に対し、月2時間という非常に短時間で産業医業務を実施しているとのことで、それが業務委託契約のもと、エージェントを介して行われている、という理解でよろしいでしょうか。
私自身の経験および愛知県医師会産業保健部会の資料に照らしますと、400人規模の事業所であれば、業種にもよりますがおおむね月8時間程度の業務時間が想定され、報酬も10万円以上となるのが一般的かと存じます。その意味で、月2時間という設定は明らかに不適切であると考えられます。
また、このような契約形態からは、エージェントおよび受託会社双方に悪質性があるようにも見受けられます。
現在、産業医業務を取り扱う大手エージェント4社の実態を見ても、いずれも業務の実質を産業医に丸投げしているケースが散見されます。担当者が現場に一回も来ないケースも多いですね。しかしながら、再委託型の業務委託契約とは本来、受託者が業務の主体となり、その一部をやむを得ず下請けに委託するものであるはずです。はなから業務の全てを下請けに押し付け、その目的が中間マージンおよび医師の専門的技能の搾取にあるとすれば、極めて悪質な事例といえるでしょう。
会社もエージェントが何も言わないのをいいことに産業医から労働搾取を行っているというのは、非常に腹立たしい話ですね。
なお、当会HPでたびたび議論をしている偽装請負に該当するかどうかは総合的に判断されるものですが、こうした悪質性は、偽装請負と認定される方向に強く影響を及ぼすと思われます。
さて、罰則についてご質問いただきましたので、触法性について以下の通り整理いたします。
1. 労働安全衛生法上の触法性について
ご存じの通り、衛生委員会の開催、月1回の職場巡視、長時間労働者等への面談指導、健康診断後意見聴取・措置、ストレスチェックの実施など、産業医が関与する業務の一部は安衛法上の義務です。
これらが履行されていない場合、労働基準監督署に通報することが可能です。実際に是正指導や行政処分が行われるかどうかは、所轄労基署の対応姿勢による部分もありますが、一度相談されてはいかがでしょうか。
特に、罰則付きの義務違反が認められる場合は動かざるを得ないと思われます。参考資料(罰則付き違反の一覧):
ドクタートラスト – 労働安全衛生法の罰則
2. 民事上の責任について
あなたが産業医の業務を十分に遂行できないことについては、むしろ刑事というより民事的な内容になります。事業所とエージェントの間で結んだ契約について、その契約を行使できているかできていないかというところです。
産業医業務は「(準)委任契約」に該当し、「請負契約」と異なり完成義務はありません。したがって、仮に400人分の就業判定業務があっても、時間内でできる範囲のみ対応すれば契約は履行されたものと見なされます。
一方で、産業医としての「善管注意義務」(民法第644条)を果たす必要はあります。しかしながら、今回のように、再三にわたり会社およびエージェントに業務遂行上の問題点を報告し、改善を求めていたのであれば、あなたは十分にその義務を果たしていると考えられます。
なお、民法第644条の2の2により、エージェントと産業医は同一の権利義務を負うとされており、会社との契約構造は次のようになります:
会社(発注者) ←→ エージェント・産業医(受託者:連帯責任)
一方で、エージェントは注意善管義務を果たしていない可能性があります。しかしそれは事業所とエージェントの問題となりあなたに損害賠償権が発生するわけではありません。エージェントが業界の質を著しく毀損しているのに卑怯ですね。
そもそも、エージェントが産業医でもないのに産業医業務を請けるということが意味不明なのです。偽装請負が問題になりやすい業種として建設業やIT業界などがありますが、建設業では建設会社、IT業界ではIT企業が元請けとなり、施工管理などをすることには一定の理屈があります。医療業界でも、健診会社が健診業務を請けてその診察部分を医師に委託するというのは納得できる話でしょう。しかしながら、人材紹介派遣会社が産業医業務そのものを請け負う、というのははなから理屈に合わない話なのです。
3. 偽装請負・偽装フリーランスの可能性について
(準)委任契約では受注者は専門的知見に基づき独自性を持って業務を遂行します。本件の業務が事業所もしくはエージェントがあなたに業務を押し付けている場合は、もはや業務委託(委任)ではなく偽装請負や偽装フリーランス等の実質的な労働者状態となります。
(1)事業所が押し付けている場合:
業務委託契約において、発注者(事業所)が下請け(産業医)に対して直接指揮命令や時間管理を行うと、偽装請負と見なされる可能性が高くなります。
最二判平成21年12月18日民集63巻10号2754事件(パナソニックプラズマディスプレイ事件)は、「請負契約においては、請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが、請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられている。よって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、上記の場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記3者間の関係は、労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきである。」
この場合、会社およびエージェントの双方に刑事罰が課される可能性があります。
詳細は過去の記事をご覧ください。
通報先:労働局
(2)エージェントが押し付けている場合:
エージェントが業務を押し付け、産業医に拒否の自由がないような構造である場合、偽装フリーランスに該当する可能性があります。エージェントと産業医の関係性が委託ではなく雇用と認定されることを意味し、この場合も結局は偽装請負ということになり、会社とエージェントに刑事罰が課される可能性があります。
さらに、あなたが正当な理由をもって業務遂行が困難であると説明しているにも関わらず、契約解除や業務差戻が行われた場合には、フリーランス保護法に違反する可能性があります。
該当するのは以下の条項です:
- 第1号:正当な理由なく受領を拒否すること
- 第7号:正当な理由なく内容を変更させ、またはやり直させること
こちらは行政指導の対象となります。
なお、本件に関する回答は、あくまで当会運営者としての見解であり、正式な法的判断を示すものではございません。正式な対応に際しては、弁護士等の専門家による法的助言を受けられることをお勧めいたします。
とはいえ、上記の内容が初期対応や今後の方針を検討される際の一助となれば幸いです。



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